高齢者介護施設における食事姿勢と椅子に関する考察 間瀬樹省1 Tatsuyoshi Mase1  高齢者介護施設においては、食事介助を行うことが珍しくないが、食事介助が必要になる原因として食事に適した姿勢がとられていないことがあるのではないかと考えられる。本稿では食事をする際の椅子に着目し、日本国内の主な高齢者介護施設向け椅子について高齢者の体格との比較や食事姿勢との適合を評価し、さらに高齢者の体格と食事姿勢に合う椅子を試作し食事姿勢の変化についての評価を行った結果を紹介する。 キーワード:高齢者介護施設、介護用椅子、食事姿勢、高齢者の体格、食事介助、高齢者用椅子 Keywords:Aged care facility, Nursing care chair, Posture of the meal, Body size of the elderly person, Assistance of the meal, Chair for the elderly person 1.はじめに 高齢者介護施設においては、食事介助を行うことが珍しくないが、食事介助が必要になる原因のひとつとして食事に適した姿勢がとれていないことがあるのではないかと考えられる。 本稿では食事をする際の椅子に着目し、一般的に介護施設用として販売されている食事用椅子のサイズ(特に座面高)や実際に使用されている椅子の形状(特に背の傾き)ついて調査と行い、高齢者の一般的な体格や食事が行いやすいとされている姿勢との比較を行った。 次に介護施設における食事姿勢改善の解決策を考案し、解決に向けた実践を行った例を紹介する。 2.調査の方法と結果 2015年7月に国内大手家具メーカー3社の高齢者介護施設向けチェア50種類についてカタログにより座面高さを調査した。調査対象は、高齢者介護施設用向けとされているもので、フレームの色や張地が同じでもサイズと形状が同一のものは同じ種類とした。 また背の傾きについて、2015年4月から2016年5月に介護施設5施設において写真撮影による記録を行った 3.調査の結果と考察 国内メーカー3社50種類の椅子の座面高さについて、高さが最も低いものは380mm、最も高いものは460mm、平均は425.3mmであった。400mm以上の高さのチェアが多く、座面高さが400mm未満のチェアは3品種のみであった(図1)。 一般社団法人人間生活工学研究センターの「日本人の人体寸法データブック」によれば、75歳から79歳の平均座面高は男性360.2mm、女性331.7mmである。靴の厚みやクッションの沈み込みを考慮しても座面が高すぎて足裏が床につかず、体を支えることが難しい状況にあることが推測される。 背の角度については、千葉大学工学部小原研究室の「椅子のプロトタイプ」との比較で評価を行った。「椅子のプロトタイプ」によると、椅座姿勢1型から6型の6種類のうち1型は作業姿勢、2型・3型は作業姿勢・休憩姿勢の兼用であり休憩時には上体を背もたれにあずけ、軽作業時(食事時)には腰の一部を支えるか支えが無い状態となる。 今回調査を行ったすべての施設の椅子は2型あるいは3型に分類される背の傾斜であった。これらの椅子は、休憩と食事の2つの姿勢を利用者自身でとることが求められるが、介護が必要な高齢者は休憩姿勢から食事姿勢への移行が困難で、休憩姿勢のまま食事を行っている様子が多く見られ、介助が必要となる原因となっていると推測される。今回は調査対象の施設数が少ないが、他施設も同様の状況と推測される。 4.解決方法の考察と実践例 座面高は使用者の下肢のサイズに合わせ、背の傾きは食事姿勢用の傾きにすることが最適であると考えられる。座面高さが調整でき、背の傾きを1型にしたチェアを製作し、高齢者介護施設にて試用したところ一部の高齢者に姿勢の改善が見られ、効果が示唆された。 A施設では、車椅子にて食事を行っている高齢者に対しサンプルチェアに座り替えを行ったところ、著しい姿勢の改善がみられた(写真1)。 B施設では、椅子でのバランス保持が難しい方がサンプルチェアに座り替えると、足をしっかり床につけバランス保持機能が高まり、他の椅子に座ることや、歩行も数歩可能となった。 C施設では、他の椅子では座ることが難しい状況であったが、サンプルチェアでは30分以上座ることができた。椅子での食事や趣味活動を続け歩行器使用から杖歩行に移行できた。 5.おわりに 今後は座面高さや背の傾き以外の要素に関しても考察を行い、試作と試用の繰り返しによってより高齢者の自立に効果のある姿勢をとることが可能な椅子の理想形を追求したい。 参考文献 1)井上昇:椅子 The Book of Chier、建築資料研究社、2008 2)日本人の人体寸法データブック2004-2006、人間生活工学研究センター