母子生活支援施設と地域との連携に関する一考察 長谷川万由美1 Mayumi Hasegawa1 1宇都宮大学教育学部・〒321-8505 宇都宮市峰町350 mayumit@cc.utsunomiya-u.ac.jp 母子生活支援施設運営指針は施設や利用者の地域社会への参加・交流の促進、退所者のアフターケアや地域支援など施設と地域との連携も母子生活支援施設の今後の役割としている。しかし、近年増えているDV被害ケースを守るために閉鎖的な運営にならざるを得ない側面もある。そこで、本研究では母子生活支援施設と地域との連携の現状を整理し、今後の課題について考察する。 キーワード:母子生活支援施設、地域連携、DV(ドメスティック・バイオレンス) Keywords:Institution for Single Mothers with Children, Community Cooperation, Domestic Violence 1. はじめに 母子世帯の増加やその相対的貧困が近年問題となっている。母子世帯への支援としては、生活支援、就業支援、経済的支援などがあるが、入所して総合的に支援を受ける施設として母子生活支援施設注1)がある。「平成26年度全国母子生活支援施設実態調査報告書」(以下、報告書とする) によれば2014年4月現在での母子生活支援施設は240施設で、1959年の652施設をピークに減少を続けている。世帯のほぼ半数が夫などの暴力が理由で入所しており、母親に障害がある割合は3割、子どもに障害がある割合は16.6%であり、母子生活支援施設は母子世帯に住居の提供だけでなくより専門的な福祉的援助を行う必要がある。 近年では、社会福祉法人制度改革もあり、社会福祉施設全般に対して、地域との連携や地域ニーズへの対応、退所後のケアを含む地域へのアウトリーチが求められており、?母子生活支援施設も例外ではない。しかし、DVの加害者などから利用者を守り、利用者の落ち着いた生活を保つため、地域に対して情報を開示できない事情もある。本研究ではこのような母子生活支援施設に求められている矛盾する二つの役割に焦点をあて母子生活支援施設と地域との連携について考察する。 2. 研究方法及び倫理的配慮 本研究では、母子生活支援施設と地域との連携の現状に関して主として文献調査を通して整理する。また、複数の母子生活支援施設に対して地域連携の状況や課題について聞き取り調査を行う。インタビュー結果については施設が特定されないよう配慮する。 3. 地域連携の方針と実態 (1)母子生活支援施設における地域連携の指針 2007年に全国母子生活支援施設協議会(以下、全母協とする)は七項目からなる倫理綱領を制定し、その一項目として「アフターケア」「地域協働」を掲げ、2012年には倫理綱領の運営上のガイドラインとして「母子生活支援施設運営指針」(以下、運営指針とする)が発表された注2)。運営指針では「社会的養護には、社会や国民の理解と支援が不可欠であるため(中略)地域や社会との連携を深めていく努力」と「母子生活支援施設が持っている支援機能を地域へ還元していく展開」が母子生活支援施設に求められているとした。また2014年には運営指針の実践上の手引きとして厚生労働省雇用均等・児童家庭局家庭福祉課より『母子生活支援施設運営ハンドブック』が発表され、「関係機関等との連携」「地域社会への参加・交流の促進」「地域支援」の具体的な推進方策がまとめられている。全国的な状況としては、地域との連携事業として取り組み割合が多いものは退所母子世帯への職員による「電話相談・支援」が91.1%、「訪問相談・支援」が46.8%、「ボランティアの受け入れ」が63.9%、「地域交流」が37.3%などとなっているが、その他については2割以下にとどまっている(報告書pp.83-91、回答施設数233施設)。 (2)母子生活支援施設と地域との連携の現状 連携の現状をより具体的に明らかにするため関東のA県に所在する3施設に対して@地域の母子世帯に対する支援(アウトリーチ)、A地域住民との関わり(ボランティア受け入れを含む)、B退所者の地域生活支援(アフターケア)を中心に聞き取り調査を行った注3)。調査結果からは、Bのアフターケアは必要に応じて実施しており、Aの地元との関わりでは地元のお祭りへの参加や施設のイベントへの地元住民の参加、学生ボランティアの受け入れなどは行っていた。しかし、「利用者がDV被害者であり加害者などから守らなければならない」「人員的に余裕がない」「施設の構造上外部との接点を作ることが難しい」などを理由として、@Aに関しての積極的取り組みが困難な現状が明らかとなった。とくに情報の管理に関しては、SNSなどネットを通じて簡単に広まってしまう不安があるため、外部との交流に消極的にならざるを得ないという実情が認められた。 4. 考察 施設の役割を地域に理解してもらい、その機能を地域に還元していくために、母子生活支援施設と地域との連携が求められているが、入所者、とくにDV被害による入所者の生活の安定や人員、施設の限界から、十分にその期待に応えることができない現状が明らかとなった。地域連携の阻害要因となっている情報管理、人員、施設の課題を解消すること、また現状にあった施設の機能の検討が急務であると思われる。 5. おわりに 今後は調査地域を広げ、今回明らかとなった情報管理、人員、施設などに焦点をあてて、母子生活支援施設と地域との連携促進の方法を検討していく。とくに、母子生活支援施設は、報告書によれば施設の半数以上は1985年以前に建てられ、設備や居室面積も十分ではないものが多いことから、児童福祉施設の設備及び運営に関する基準の適性性についても検討していきたい。 本研究はJSPS科研費JP26380769(母子支援に焦点を当てたファミリーソシャルワークの事象的検証法)の助成による研究の一部である。 参考文献 1社会福祉法人全国社会福祉協議会/全国母子生活支援施設協議会『全母協通信』全国社会福祉協議会、135号〜142号、2013〜2015 2社会福祉法人全国社会福祉協議会/全国母子生活支援施設協議会『平成26年度全国母子生活支援施設実態調査報告書』全国社会福祉協議会、2015 3 蜂須賀元文・佐々木伸子・上野勝代「母子生活支援施設における住環境の現状と課題−全国母子生活支援施設郵送アンケート調査より−」日本建築学会中国支部研究報告集第25巻、pp.777-780、2002 4松原靖雄編『母子生活支援施設−ファミリーサポートの拠点−』エイデル研究所、1999 5武藤敦士「施設数減少からみた母子生活支援施設の研究と実践の課題」『立命館産業社会論集』第51巻第3号、立命館大学産業社会学部、pp.105-124, 2015 6蜩c真実・豊田保「母子生活支援施設による母子家庭の地域生活支援に関する一考察」『新潟医療福祉学会誌』第13巻第1号、新潟医療福祉大学、p.54、2013 注 1)母子生活支援施設は「配偶者のない女子又はこれに準ずる事情にある女子及びその者の監護すべき児童を入所させて、これらの者を保護するとともに、これらの者の自立の促進のためにその生活を支援し、あわせて退所した者について相談その他の援助を行う」(児童福祉法第38条)。1997年の児童福祉法改正により母子寮から名称変更となり、目的に自立の促進や退所者の相談などが加わった。 2)2012年3月29日付厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知「社会的養護施設運営指針及び里親及びファミリーホーム養育指針について」(雇児発0329第1号)の別添資料となっている。 3)A県の施設の調査は、資料調査に加えて電話による聞き取り調査を2016年4月から5月にかけて実施した。